岡本先生と共に味わう讃美の力(21) 聖歌273番「いのちの泉に」Come, Thou Fount of Every Blessing ~シンシナティ日本語教会主催
わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。日本聖書協会『口語訳聖書』ヨハネによる福音書 4章14節
2023年05月18(19)日 JCCC讃美(21)聖歌273番「いのちのいずみに」
今回の讃美歌「いのちのいずみに」は、1758年ロバート・ロビンソンが23歳で伝道者としての生活をスタートしたその年に作詞されました。それから大分経った頃のエピソード(注1)が残っていますのでご紹介します。
~ ♪ 引用始まり ♪ ~
乗合馬車に一人の紳士と婦人とが,たまたま隣り合せで座席に着いた。
婦人は手にしていた小さい薄い本を開いて読み始め、しばらくしていかにも感窮まったように紳士に話しかけた。 「まことに失礼ですが、あなたは、この詩をお読みになったことがございますか」と紳士の方へさし出した。ふとみると、それは「いのちのいずみに」(Come, Thou Fount of Every Blessing)であった。
ロビンソンの顔色は一瞬さっと変った。そして不機嫌な面持で話題をかえようとした。婦人には彼が宗教に無関心な、気の毒な人間に思われたのであろう。「私はこの詩を読むたびに、新たな感動をおぼえるのです。どんなに心が動揺して、気持が迷っていても、この歌は私に平安と慰めを与えてくれます。そして暗く、みえなくなりかけた道が急に明るく照らされて、目標に向って堂々と進んでゆくことができるようになります。こんなに素晴らしい詩をあなたはご存知ないのですか」 と、歌詞を口に出して読み始めた。
紳士は今まで押えに押えていた感情をついに押えきれなくなって叫んだ。「何をかくしましょう、その歌は、大分以前に私が作ったものなのです。しかし、今の私は実に哀れな者になってしまいました。あの時味わったのと同じ喜びと感激を、もし、得られるのであれば、何千という世界と交換しても惜しくありません」と答えた。
~ ♪ 引用終わり ♪ ~
ロビンソンは、この様な喜びと感激をこの詩に託し、大勢の人々が慰め励まされてきたのですね。
主イエスの、
① ヨハネ4:14
「…わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。
との招きにロビンソンは「主よ。私が渇くことのないように…その水を私に下さい」(ヨハネ4:15)と応えて歌います。
♪ 聖歌273番 一節 ♪
いのちの泉に 在(ましま)すイェスよ
豊かに流れて 潤し給え
まことの言葉に 渇きし我も
糸をば整え 恵みを歌わん
♪~
〈糸を整える〉とは楽器の弦を整えることです。詩篇144:9にも、
② 詩篇144:9
神よ あなたに私は新しい歌を歌い十弦の琴に合わせてほめ歌を歌います。
とあり、少年ダビデが琴を静かに奏でる情景が思い浮かびます。しかし、原歌詞はだいぶ違っています。
~♪ 原歌詞 一節5-6行 ♪~
Teach me some melodious sonnet(注2)
Sung by flaming tongues above
~♪~
作詞者ロビンソンは、
③ 使徒行伝2:3-4
…炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。
【NIV】Act 2:3 They saw what seemed to be tongues of fire that separated and came to rest on each of them.
このペンテコステの出来事を自分に重ねたのでしょう。
♪ 聖歌273番 二節 ♪
神より離れて 迷いし我を
イェス君見いだし給いし日より
恵みに漏れたる 時はなかりき
いざ打ち立てまし エベネゼルをば
♪~
〈エベネゼル〉は、ヘブライ語エベン・エゼル「助けの石」の英語音訳で、サムエル記上に登場します。そのサムエル記の箇所です。
④ サムエル記上7:12
サムエルは一つの石を取り、ミツパとエシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで【主】が私たちを助けてくださった」と言った。
サムエル記上7:12が記すのは、最後の士師であり最初の預言者であるサムエルが、宿敵ペリシテ人に勝利して“記念碑”を立てた出来事をです。しかしロビンソンは、この聖句から読み取ったメッセージを、歌詞に託して私たちに伝えています。
(1) 「ここまで」 : 士師記に記された自分たちの歴史を回顧していること。
ヨシュア以降サムエルに至る約300年間の神の民は、堕落して主の前に悪を行い偶像に仕えては主に裁かれ苦しみ、新たな士師に導かれると信仰に立ち返るが士師が死ぬとまた彷徨って裁かれた、この繰り返しでした。その最後に登場したのがサムエルです。
(2)「ここまで」 : なお進むべき道程があるころ。
「ここまで」とは、まだ終点に到達しておらず、なお進むべき道程「ここから」があることを言っています。
しかし同時に、聖書が記している大切なことを肝に銘じなければならないのです。
それは、「ここまで」彷徨(さまよ)ってきた民は、「ここからも」彷徨いうると言うことです。
(3) 「【主】が私たちを助けてくださった」ことは永久に変わらない神の本質【御名】であること。
「士師記に記されたような自分たちを主は助けて下さった」と【御名】を誉め讃えたサムエルは最初の預言者で、新約の時代について預言した一人です(使3:24)。
しかも、「ここまで助けて下さった」は、ヘブライ語の[預言的過去形]と解釈できます。この[預言的過去形]という時制は、「ひとたび神が過去に為されたことは、未来も繰り返される保証である」ことと、神の本質【御名】を明らかにする用法です。
作詞者ロビンソンは、
・この様な、いわばキリスト教信仰の根幹を成す真理と、
・「ここまで助けて下さった」神の本質【御名】が自分にも及んだことの証
を讃美歌の中心(2節)に据えたのです。
~♪ 原歌詞 二節1-4行 ♪~
Here I raise mine Ebenezer
Hither by Thy help I'm come
And I hope by Thy good pleasure
Safely to arrive at home
~♪~
そして、続く五行目以下で、
~♪ 原歌詞 二節5-8行 ♪~
Jesus sought me when a stranger
Wand'ring from the fold of God
He to rescue me from danger
Interposed His precious blood
~♪~
⑤ マタイ18:12
…もしある人に羊が百匹いて、そのうちの一匹が迷い出たら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。
⑥ ヨハネ10:15
…わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます。
こう言われた主イエスを原歌詞 二節5-8行で証しています。
如何でしょうか。聖歌273番は原歌詞を見事に訳出し、この讃美歌の生命の源、いのちの泉を受け継いでいます。
ロビンソンは1790年、伝道者としての使命を全うして天に召されましたが、自分の弱さ故に「これまで」と同様「ここからも」彷徨い得ること、すなわち冒頭お話したエピソードの様な困難を経るであろうことを彼自身弁えていたことが三節から伺われます。
♪ 聖歌273番 三節 ♪
3
誰かは断ちうる 恵みの糸を
さらに結びつけん この身を神に
か弱き我が身を 導き給え
天あめなる御国に 行き着く日まで
♪~
原歌詞を見てみましょう。
~♪ 原歌詞 三節3-4 ♪~
Let Thy grace Lord like a fetter
主よ、貴方の慈しみを足枷(あしかせ、fetter)とし、
Bind my wand'ring heart to Thee
彷徨う私の心を貴方に縛りつけて(Bind)下さい
~♪~
ここの「あなたから離れぬよう縛り付けて下さい」の表現は凄いですが、未だ驚くのは早いです。原歌詞 三節7-8行を見てみましょう。
~♪ 原歌詞 三節7-8行 ♪~
Here's my heart Lord take and seal it
Seal it for Thy courts above
天の法廷(最後の審判)に備えて私の心を封じて下さい
~♪~
ここで聖書に〈Seal〉の用例を尋ねてみましょう。
⑦ エステル記8:8
エステル8:8 あなたがたは、ユダヤ人についてあなたがたのよいと思うように王の名で書き、王の指輪でそれに印を押しなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、だれも取り消すことができない。」
【NIV】Est 8:8 Now write another decree in the king's name in behalf of the Jews as seems best to you, and seal it with the king's signet ring--for no document written in the king's name and sealed with his ring can be revoked."
⑧ ヨブ記14:17
ヨブ14:17 私の背きを袋の中に封じ込め、私の咎をおおってください。
【NIV】Job 14:17 My offenses will be sealed up in a bag; / you will cover over my sin.
これらの用例からロビンソンの心境が手に取る様に判りますが、もう一つ実に興味深い用例をご紹介します。
⑨ ヨハネ6:27
ヨハネ6:27 なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」
【NIV】Joh 6:27 Do not work for food that spoils, but for food that endures to eternal life, which the Son of Man will give you. On him God the Father has placed his seal of approval."
ロビンソンは、この聖句の如く、〈私の心にも証印を押して下さい〉との祈りを込めて《Here's my heart Lord take and seal it》と歌ったのでしょう。
~♪ 結びの奨励 ♪~
ロビンソンは日々、〈主イエスが飲ませて下さるいのちの泉〉から飲み、〈父なる神に証印された永遠のいのちに至る食べ物〉を戴き、冒頭ご紹介したエピソードから伺える困難を克服していった訳です。
私たちも主イエスから飲み、主イエスを戴いて良き人生を全うさせて頂きましょう。
【注記】
注1 園部治夫 著、『愛唱聖歌詞100選 その礎を築いた信仰詩人たち』、1973-8-25、教会音楽研究会」
72-75頁 「迷える心に平安と慰めを与える苦学独習の大牧者、ロバート・ロビンソンの‘摂理のうた’」
注2 〈sonnet〉 ソネットとは中世の歌謡から発展したと言われる、一編が 14行からなる韻を踏んだ詩の形式で、
https://ja.alegsaonline.com/art/91884
によれば、「ソネットで知られる最初の詩人はジャコモ・ダ・レンティーニ」とのことです。