つい先日、修理に出していた教会のリードオルガンが仕上がって戻ってきました。
パイプ・オルガン制作者として知られる辻宏さんが著書『風の歌』で次の様に書いておられます。
「美しい音というのは、その音自身に魅力がある。…そこには緊張感と語りかけがある。…聴いている人の耳を通して、意識に揺さぶりかけてくる。」
どうしたら、そういういい音が生まれるのか、どういう音を出せば私たちはいい音だと感じるのでしょうか。専門家は、測定出来ない音質の世界にその秘密がある、と言います。調律の正確さだけでなく、音の純度だけでもなく、様々な要素が重なりあって人々の心に響く不思議で科学的に説明困難な世界、それが心地良い音なのだそうです。
讃美について、「歌うということは、肉体的にも神を讃美することで、地上から息が出て体を通り上がって行き、天に届くことだ」と言われます。体が空気を響かせ、天地も一体となる響きが讃美なら、神が人間に働きかけられる時も同じ現象が起こり音になっても不思議ではありません。
聖書はペンテコステの出来事を次の様に記しています。「突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった 」と。いったいどんな音が響きわたったのでしょうか。私たちは、その音を知ることは出来ませんが、その時から弟子たちは、キリストの証人としての“第二の召命”に応えて生き始めました。ですから、きっとその時の音には、神の御業に相応しい響きがあったことでしょう。
神の息が天から出て人の体を通って地に届く、天地が一体となって響く、その時人は、すべてのことを忘れるほどピーンと響いて、理屈抜きに神を感じ、今まで恐れていた人や障害をものともせず、イキイキと生きはじめる。そういう大変革の始まりがペンテコステです。
神さま、私たちにもあなたの息をそそいでください。私たちの存在が楽器の如く響きわたるほどの。人の知恵や説明が及ばぬ力を。