月報 2019年7月号 「 悲しいことを話していいですか? 」

月報 2019年7月号 「 悲しいことを話していいですか? 」

…(イエス)は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。日本聖書協会『口語訳聖書』ヘブル人への手紙 4章15節

 痛ましい事件が頻発する昨今です。しかし、たいていは私たちにとって“遠いところの出来事”なので、当事者の方々に思いを馳せることがほとんどありません。

 ところで、先月六月中旬、以前から親しくしている素敵な老夫婦の奥様が、その日ぽつんと「悲しいことを話せる方はなかなかいないですね」とおっしゃったのです。何のことだろう?と思い巡らしていると、「“こないだの事件”で、我が子のように可愛がっていた親族が被害に遭い葬儀に行ってきました」等々話して下さいました。
 私が牧師だと知ってたので、とのことでした。それからは、その老夫婦と私との“距離”がグッと近くなったように感じています。

 私の場合、悲しみや辛さを聞かせていただくことはあっても、公私を問わず私の悲しみや辛さを人に話すことは希です。立場上、あるいは性格的なこともあるでしょうが、人に話しても慰められないことをいっぱい経験していることが一番の理由かと思います。
 慰めを否定するつもりは毛頭ありません。しかし、上辺だけ同情され優しい言葉を掛けられても、実際にはなんの力にもならないことが殆どです。また、“正論”をもって理路整然とたしなめられても、“傷に塩を擦り込まれる”ようで心がいっそう重くなることもしばしばで、酷い場合は“尾ひれはひれ”付けた噂話のタネにされました。

 そのような私が凹(へこ)む時、思い浮かべるメロディーと歌詞がいくつかあります。その筆頭格は、J.S.バッハのカンタータ21番「わがうちに憂いは満ちぬ」の第9曲(合唱とコラール/讃美歌304番)です。次いで、黒人霊歌「Nobody knows the trouble I've seen(誰も知らない私の悩み)」(讃美歌第二編210番)です。
 いずれも私の心を主イエス・キリストに向けて飛翔させてくれます。標記の御言葉「(イエス)は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれた」の通りだからです。
「世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)

 主イエスに、祈りを通して心置きなく語りかけ、御言葉を通して天からの慰めに与り、時宜に叶って神の最善の御業に与れる私たちはしあわせです。

 

添付ファイル (パスワード不要)

本記事にパスワード不要の添付ファイルはありません

添付ファイル (要パスワード)

本記事に要パスワードの添付ファイルはありません

2019年 メッセージ一覧

月報 2019年12月号 「 クリスマスという、神の時間厳守 」

クリスマスについて「きょう」と言われてます。聖書の「きょう...」という言葉は、昨日、今日、明日と言った日常的な時間の流れを超越した特別な日、すなわち神が予め定めておられた、予定されていた「その日」、…

月報 2019年11月号 「 永遠への思慕(しぼ)」

 聖書は私たち人間についてこう言います、「…あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない」(ヤコブ4:14)と。そ…

月報 2019年10月号 「 詩篇を通して主イエスにまみえる」

 主イエスはこう言われました、「 わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成…

月報 2019年9月号 「 老いの坂は上るもの 」

 9月16日は敬老の日です。老年に入る年頃を「初老」と言い、四十歳からだそうです。平均寿命が延びた現代はもっと遅くても良いでしょう。この初老を境に、それまでグングン人生を上り詰めてきた人でも、その後は老…

月報 2019年8月号 「 破れ口」は塞(ふさ)がれた

  7月21日の説教で、標記の詩篇を引用しながら「いつの時代も『彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい』(ルカ23:35)と嘲る。しかし主イエスは私たちを救う為に御自…

月報 2019年7月号 「 悲しいことを話していいですか? 」

 痛ましい事件が頻発する昨今です。しかし、たいていは私たちにとって“遠いところの出来事”なので、当事者の方々に思いを馳せることがほとんどありません。 ところで、先月六月中旬、以前から親しくしている素敵…

月報 2019年6月号 「 相談相手 」

 誰の言葉を聞くか、誰を相談相手とするか。これは人生を左右します。そこで今、自分に問うてみましょう、「一体、わたしは誰の言葉を聞き、誰の言葉に従っているのだろうか」と。  聖書に記された歴史は、相談…

月報 2019年5月号 「生れ変って歩き出すよ ♪」  ~中島みゆき「時代 」

 中島みゆきさんの歌詞には、聖書の言葉を連想させるものが少なくありません。「時代」もそうです。この作品が1975年に発表されてから凡そ45年が経ちました。いわば古い曲ですが、昭和と平成の時代を生きた人々ば…

月報 2019年4月号 「 生きることを諦めないで! 」

 元気なうちは、生きていることは当たり前のことで気にもとめません。しかし、死が近づいてくるのを感じると、元気で生きていることの有り難みを痛感するようになります。 私事で恐縮ですが、94歳になったばかり…

月報 2019年3月号 「 寄り添う人、寄り添われる人 」

 教会学校の子どもたちにも良く知られたザアカイは、突然主イエスの訪問を受けた人々の一人です。ザアカイは主イエスと一緒にどんなひとときを過ごしたのかは聖書に書かれていませんが、彼の喜び様は並大抵でなか…

月報 2019年2月号 「 すべての人に臨むところは、みな同様なのか ?! 」

伝道の書は、虚無的な言葉を多用ながら人生の目的・生きる意味を問いつつ、間接的に神の存在とその神に対する信仰の必要を説いています。この聖書箇所は、“一寸先すらも分らぬ人間だが一つ確かなことがある。それは…