岡本牧師と共に味わう讃美の力 (第29回) 「主われを愛す」 Jesus loves me, this I know ~シンシナティ日本語教会主催
私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。(新改訳2017)
日本聖書協会『口語訳聖書』ヨハネの第一の手紙 4章16節
■_はじめに
今回取り上げる讃美歌『主われを愛す』は、日本人が初めて日本語で歌った讃美歌で、日本人に最も愛唱される讃美歌の一つです。
♫~ 1節 ~♫
主われをあいす 主はつよければ
われよわくとも おそれはあらじ
わが主イェス わが主イェス
わが主イェス われをあいす
~♫
歌詞は理解しやすく、あどけない子どもたちが楽しく行進するようなリズムは歌う者を元気づけてくれます。
この讃美歌(邦語訳)は、1872(明治4)年横浜で産声を上げました。そして禁教の高札が掲げられキリスト教徒への迫害が続く中、聖書の福音がこの讃美歌の調べに乗って日本各地に伝えられました。
今日は、
1.まず讃美歌『主われを愛す』の黎明期(れいめいき/暗い時代から明るい時代への変化の始まり)から揺籃期(ようらんき/大勢の愛唱歌となっていく初期)の歴史的背景を概説し、
2.次いで、歌詞に込められた福音の素晴らしさをご一緒に味わい、
3.奨励で締めくくります。
■ 1.『主われを愛す』の“黎明期”
・幕末~明治維新の日本
幕末日本の大事件に、ペリーの黒船の浦賀沖来航(1853/嘉永6年)と日米修好通商条約締結(1858/安政5年)があります。私は日本史の授業で、不平等条約だったと学びました。しかし、今回『主われを愛す』の歴史的背景を辿るうちに、この不平等条約は、讃美歌『主われを愛す』の黎明期をもたらしたことに気付きました。(*W1)
この条約で、横浜、箱館、長崎、新潟、神戸が開港し、居留地内限定でしたが信教の自由(第8条)が認められ、1859年以降福音主義信仰に立つ宣教師や教育者たちが次々と来日しました。彼らは、聖書翻訳、医療、教育などの面で弛まざる祈りをもって尽力し、その後の日本近代化に大きく貢献しました。
その過程で『主われを愛す』の(邦語訳)が誕生したのですが、ここで重要なことは、彼らが聖書信仰に立っていたことです。1549年(天文18年)に端を発したキリスト教伝来に於けるイエズス会士たち(フランシスコ・ザビエル、他)と異なっていました。(*W2) もしそうでなければ『主われを愛す』(邦語訳)が産声を上げることは無かったでしょう。
では次に、『主われを愛す』の原曲 Jesus loves me がアメリカで誕生した経緯をお話ししましょう。
■ 2.『主われを愛す』(原曲 Jesus loves me) の誕生
□1860年 作詩
作詞者は、ニューヨーク州ロング・アイランド生まれのアンナ・バートレット・ワーナー(1827-1915)です。彼女の詞(1859年作)は、姉のスーザン・ワーナー(1819-1885)が著した小説『Say and Seal』(*W3)第二巻第8章の挿入歌として1860年に公になりました。
イエスさまがぼくを愛してくれることは、
聖書が教えてくれる。
イエスさまが死んだので、
天国の門が広く開かれた。
イエスさまは、ぼくを天国の家につれていってくださる。
この『主われを愛す』の歌詩は、今まさに天に召されようとする幼い男の子の口から漏れ聞こえた祈りです。また、「聖書が教えてくれる」と“聖書の権威”をさりげなく告白していることに驚かされます。
ところで、『Jesus loves me』が公開された1860年は、奴隷制問題が当時のアメリカの国論を二分する中でリンカーンが大統領に当選した年です。その翌年1861年には南北戦争が勃発しました。
□1862年 作曲
曲を付けたのは、メイン州ヨークに生まれたウィリアム・バチェルダー・ブラッドベリーです。この時、"Yes, Jesus loves me, Yes, Jesus Loves me..." のリフレインが付け加えられ、4節が一部変更されました。
出版後、この讃美歌はアメリカ中で愛唱されるようになり、間もなく世界中の教会で最も人気のあるキリスト教の讃美歌の一つとなり、特に子供たちの間で人気を博しました。
歌詞の純朴さ理解のしやすさと相まって、メロディーのリズム(拍子)はトロカイック(*1)と言われる詩的なもので(さらに日本語歌詞は七七調)、行進するようなしっかりとした拍子は元気さを感じさせたことが要因でしょう。
*1 : 1つの長い音節または強い音節と1つの短い音節または弱い音節を持つリズム
その為かも知れませんが、「この讃美歌は子ども向けだ」とか、「大人の礼拝には相応しくない」と、軽く見られる傾向があるようでとても残念です。
■ 3.『主われを愛す』日本語訳の誕生と“揺籃期”
1868年、明治維新を迎えましたが、禁教の高札は1873年迄立ち続け、明治2年には浦上キリシタン多数が殉教する(*安田 P.122ff)など、迫害は続いていました。その様な世相の中、1872年秋の在日宣教師会議で『主われを愛す』の日本語訳が試唱されました。
♫~ 試訳1節 ~♫ (*安田 P.128f)
エスワレヲ愛シマス、 サウ聖書申シマス、
彼レニ子供中、 信スレハ属ス、
ハイエス愛ス、 ハイエス愛ス、
ハイエス愛イス、 サウ聖書申ス
~♫
この訳は改革派のJ.N.クロスピー女史(のちの横浜共立女学校長)の訳で,大坪庄之助という人の助力によると言われます。その時の様子は、皮肉なことに、本願寺派の密偵が残した報告書の形で残っています。(*梅染 P.128、*W1) このように、教会と宣教師たちの活動は常に監視下にあったのです。
1873年にキリシタン禁制高札は撤去されましたが、実態は外交政策上キリスト教を黙認しただけでした。
1876年(明治9年) 現在の熊本花岡山(熊本夜景の名所)の山頂から、突然『主われを愛す』の歌声が熊本の街並みに降り注ぎました。熊本洋学校生徒35人がプロテスタント・キリスト教に改宗し、福音を日本に広めようと奉教趣意書に署名し、祈祷会の後『主われを愛す』を合唱したのです。合唱指揮をした金森通倫がこう弱音を吐いたそうです。(*安田、P.192)
「十字架は重すぎて負いきれないかもしれない」
この直後、熊本洋学校は閉校となり、“先祖を裏切った”生徒たちは座敷牢に幽閉されたり、自刃(じじん、刀剣を用いて自殺すること)で脅かされる等の迫害が降り掛かり、学校は閉鎖されました。
しかし、聖書は言います、
_†_ (Ⅱコリント12:9-10) 「私が弱いときにこそ、私は強い」
12:9 しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
12:10 ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。
_†_†_†_
この聖書の言葉の如く、彼らの多くは新島襄の同志社英学校に移り、卒業後は同志社大学、日本組合基督教会の重鎮となり基礎を築いたのです。
_†_ (Ⅱテモテ2:9) 「しかし、神のことばはつながれていません」
Ⅱテモテ2:9 この福音のために私は苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばはつながれていません。
_†_†_†_
こう聖書が言うとおりに彼の生涯は用いられたのです。
なお、熊本洋学校で彼らのような優れた人材をイエス・キリストに導いたのは、かつて「Jesus loves me, this I know」の作詞者アンナの婚約者だったL.L.ジェーンズでした。(*安田 P.190ff、*大塚 P.34f)、
『主われを愛す』が多くの人々に愛されたことを物語るエピソードが残っていますので、そのいくつかをご紹介します。
まず、植村正久(1857-1925)が次の様に書き残しています。
-*梅染 P.129f より引用-
横浜の地蔵坂を上っていく途中に真宗の寺院があった。寺院の名は何といったか記憶にない。私が横浜にいた頃,その墓地に葬られていたキリスト教信者が2,3人はあったと思う。この寺院に「下岡美津女の墓」と刻んだ石碑があった。奥野昌綱先生の筆跡であったと思う。石碑の裏には「我死ぬとても耶蘇天に伴ふ」という2句が刻んであった。これは「耶蘇われを愛す」という歌の最後の句を取ったものである。美津という婦人は下岡蓮杖という写真店の奥さんであったが,死に臨んでキリストのことを深く思い,その慰めといたわりにすがりつつ,主のふところに抱かれて永眠した人である。彼女は死ぬ前にこの讃美歌を楽しげに歌った。こういうわけで,この句を墓碑に刻んだのである。
-引用終わり-
太平洋戦争中のことです。後にアメリカ合衆国第35代大統領になったJ.F.ケネディが指揮する魚雷艇がソロモン諸島付近で日本軍に撃沈されました(1943年8月)。彼が救助された島で意識を取り戻したとき、励ましのために島民が歌っていたのがこの「Jesus loves me, this I know」であったそうです。(*W4)
また、1923(大正12)年に発表された童謡『シャボン玉』のメロディーがこの讃美歌と酷似していることから、『シャボン玉』のメロディーはこの讃美歌を参考にして作られたのではないかとの見方もあります。(*安田 P.177ff、*W5) ただ、作曲者である中山晋平は、この件についてコメントを一切残していないそうです。
なお、この『主われを愛す』のメロディーは、実際に1893(明治26)年には唱歌「運動」、明治後期には唱歌「虹」など、日本でいくつかの唱歌に用いられていますが、これらは讃美歌の急速な普及に対抗して日本の詩歌を守る為の取り組みから生まれたと言われています。(*安田 P.177ff)
■ 4.歌詞に込められた福音
この讃美歌の核心的メッセージは、
♫~ 原詞1節 ~♫
Jesus loves me! this I know,
For the Bible tells me so;
~♫
ではないでしょうか。聖書はこう言います、
_†_ (Ⅰヨハネ4:9-10) 「ここに愛がある」
4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。
4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
_†_†_†_
これが聖書核心的メッセージであり、「主われを愛す」ことを聖書以上に教えてくれるものはありません。
ところで、「For the Bible tells me so; 聖書は言うから」の歌詞は、「聖書は信仰と生活における唯一の権威です」との信仰告白です。
イエス様も、「聖書に次のようにある」、「聖書に書かれている」「聖書は言っている」と、聖書は信仰と生活における唯一の権威です、と繰り返し明言されました。
_†_ (ローマ10:17)
ローマ10:17 ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。
_†_†_†_
こう聖書が言っている通りです。
ところで、別途お配りした資料1に、『表 日本語訳讃美歌における歌詞の違い』を載せています。そこから、原歌詞 "for the Bible tells me so" の日本語訳「聖書がそう告げるから」の有無が一目で分かります。これは私の想像ですが、それぞれの讃美歌が編纂される過程で、
(1)日本語歌詞の詩的美しさ(七七調と文語歌詞)を優先し、リズムに乗らない「聖書がそう告げるから」は割愛する。
(2)詩的美しさを多少犠牲にしてでも「聖書がそう告げるから」を歌う。
このいずれを採るかのせめぎ合いがあったのではないでしょうか。
ですから、讃美歌21が、『主われを愛す』を文語歌詞で収録し、口語歌詞「聖書は言う、イェスさまは愛されます、このわたしを」を並記したのは素晴らしい配慮だと私は思います。
クリスチャンを自負される方々の中にも、「聖書に書いてあるから」との明言を躊躇する方々がおられるようです。その様な中で、「For the Bible tells me so.」「聖書は言う」と心から讃美できることは実に幸いです。「聖書に書いてあるから信じます」との信仰告白の重さに気付かせられます。
■ むすび
聖書には子どもたちを祝福される主イエスの御姿が記されています。
_†_ (マルコ10:13-16) 「神の国はこのような者たちのもの」
10:13 さて、イエスに触れていただこうと、人々が子どもたちを連れて来た。ところが弟子たちは彼らを叱った。
10:14 イエスはそれを見て、憤って弟子たちに言われた。「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。邪魔してはいけません。神の国はこのような者たちのものなのです。
10:15 まことに、あなたがたに言います。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」
10:16 そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。
_†_†_†_
「このような者たち」とはどんな人々を言っているのでしょうか。
子どものように本能的に、愛され世話をされる必要性を感じている人々のことではないでしょうか。
愛され世話をされることは、誰もが生きていくうえで不可欠な事です。しかしこの世中で切磋琢磨されて大人になっていくいくうちに、良くも悪しくも「自分が頑張って…」の気持ちが「愛され世話をされて」に優るようになり、神の愛が判らなくなるのではないでしょうか。そうなってくると、神の恵みへの応答としての信仰生活は出来なくなります。
寒い日にはからだが震えるように、暑い日には汗をかくように、日々神の愛を敏感に感じとり、
♫~ 1節 ~♫
主われを愛す 主はつよければ
われよわくとも おそれはあらじ
Jesus loves me! this I know,
For the Bible tells me so;
~♫
と歌い続けてまいりましょう。
■ 参考文献・Web
*大塚 : 大塚野百合 『「主われを愛す」ものがたり 賛美歌に隠された宝』、教文館、2013-1-10
*梅染 : 梅染信夫 『栄光、神にあれ 讃美歌物語』、新教出版社、1992-12-25
*安田 : 安田寛 『「唱歌」という奇跡 - 十二の物語』、文芸春秋(文春新書346)、H15-10-20
*W1 : 『明治維新とキリス ト教 ~ プロテスタント宣教の幕開け』
https://seisyonokotoba.com/meiji/
*W2 : 『NHKスペシャル 戦国~激動の世界と日本~』
https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A202007010035001302100
*W3 : 小説『Say and Seal』の英語Kindle版がアマゾンで購入できます。
https://www.amazon.co.jp/Say-Seal-English-Susan-Warner-ebook/dp/B0CJ21Q7H8/ref=sr_1_19?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=1JURDIT6KJ63X&keywords=Say+and+Seal&qid=1705975784&sprefix=say+and+seal%2Caps%2C149&sr=8-19
*W4 : 『讃美歌21』484
https://www.ys-chubu.jp/saigaways/sanbika/sanbika21-484.html
*W5 : 『主われを愛す』 と『シャボン玉』
https://note.com/toshimi_a/n/n8cd49cbab45a