岡本牧師と共に味わう讃美の力 (第47回) 「His eyes is on the sparrow (一羽の雀)」(新聖歌285番「心くじけて」) ~シンシナティ日本語教会主催

岡本牧師と共に味わう讃美の力 (第47回) 「His eyes is on the sparrow (一羽の雀)」(新聖歌285番「心くじけて」) ~シンシナティ日本語教会主催

12:6 五羽の雀が、二アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でも、神の御前で忘れられてはいません。
12:7 それどころか、あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、多くの雀よりも価値があるのです。日本聖書協会『口語訳聖書』ルカによる福音書 12章6-7節



 ■ まえおき
讃美歌には不思議な力があります。今日ご紹介する「His eyes is on the sparrow(一羽の雀)」(新聖歌285番「心くじけて」)もその様な名曲です。
1905年の初春、作詞者Civillaは親交を持っていたDoolittle夫妻に尋ねたそうです。「(非常な苦難にも関わらず)その輝くような希望の秘訣は何ですか、時々落胆しませんかと尋ねました。」と。ドゥーリトル夫人はこう答えました。「主のまなざしは一羽のすずめに注がれ、そのお方は私をも見守っていて下さることを知っているということです。」この言葉に燃え立つようなインスピレーションを受けて作詩者は一気にこの讃美歌を書き上げました。


 ■ ~♫ 一節1から3行目
Why should I feel discouraged? 「なぜ落胆しなければならないのですか?」
Why should the shadows come? 「なぜ影が入り込まねばならないのですか?」
Why should my heart be lonely 「なぜ私の心は孤独」

このフレーズは私たちを、十字架上の極限状態で叫んでおられる主イエスに向き合わせてくれます。

 _†_ ① マタイ27:45-46 _†_
27:45 さて、十二時から午後三時まで闇が全地をおおった。
27:46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうして(※KJV:why)わたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

しかし、主イエスの十字架上で最後の言葉は、

 _†_ ② ルカ23:46 _†_
23:46 「父よ、私の霊を御手に委ねます」

でした。 「 Why? 」との問いは、

 _†_ ③ 詩篇43:5 _†_
43:5 わがたましいよ なぜおまえはうなだれているのか。なぜ私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い私の神を。

のように聖書に度々記されてますが、嘆いて問う人の目と心はいつも主に向いていて、こう呼ばわります。


 ■ ~♫ 一節5行目
Jesus is my portion 「イエスは私の嗣業」

詩篇記者や預言者たちも叫んでます。

 _†_ ④ 詩篇142:5 _†_
142:5 【主】よ私はあなたに叫びます。「あなたこそ私の避け所生ける者の地での私の受ける分(※KJV:my portion)。

 _†_ ⑤ 詩篇16:5 _†_
16:5 【主】は私への割り当て分(※KJV:the portion of mine inheritance)また杯。あなたは私の受ける分を堅く保たれます。
【口語訳】16:5 主はわたしの嗣業、またわたしの杯にうくべきもの。あなたはわたしの分け前を守られる。

 _†_ ⑥ 哀歌3:24 _†_
3:24 【主】こそ、私への割り当て(※KJV:my portion)です」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。

この「イエスは私の嗣業Jesus is my portion」であることの根拠は、


 ■ ~♫ 各節7, 9行目とリフレイン
“His eye is on the sparrow”

このことです。九回も繰り返して歌われるこのフレーズから真っ先に思い起こすのは、

 _†_ ⑦ ルカ12:6-7 _†_
12:6 五羽の雀が、二アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でも、神の御前で忘れられてはいません。
12:7 それどころか、あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、多くの雀よりも価値があるのです。

ルカ12章では「五羽で二アサリオン」とあり、並行箇所のマタイ10:29-31には「二羽で一アサリオン」とあるので、一羽はおまけ、タダだったのでしょう。これほど「小さく取るに足らない雀をも神は覚えておられるのだから、御子の血で贖い取られた一人ひとりを神が覚えて下さらないはずはない」とのメッセージはストンと腑に落ちます。
この様にイエス様は、誰でも知っている日常的な事実を引き合いにして、神の摂理や恵みの確かさを教えて(「フォーティオリ(fortiori)」と呼ばれる表現手法)下さりました。

ところで、

 ■ ~♫ リフレイン
I sing because I'm happy 「私は幸せだから歌います」
I sing because I'm free 「自由だから歌います」

このフレーズは、作詩者個人の人間的な感情表現ではありません。
旧約聖書で“the sparrow”(雀)を現すヘブライ語「Dror (דרור)」は、「聖なるそそぎの油」(聖霊を暗示)を指す文脈で使われたり、「解放」「自由」との意味もあります。

 _†_ ⑮ 詩篇84:1-4 _†_ 雀
84:1 万軍の【主】よあなたの住まいはなんと慕わしいことでしょう。
84:2 私のたましいは【主】の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も身も生ける神に喜びの歌を歌います。
84:3 雀(דרור)さえも住みかを 燕もひなを入れる巣をあなたの祭壇のところに得ます。万軍の【主】私の王私の神よ。
84:4 なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らはいつもあなたをほめたたえています。セラ

詩篇記者ダビデは、雀が誰にも妨げられず祭壇に自由に近づき営巣するのを見て、「小さな弱い人間、しかも罪深い卑しい人間ですら、悔い改めて信頼しさえすれば、神の家に住むことができる」と神を讃美しました。

 _†_ ⑯ 出エジプト30:23 _†_ 聖なるそそぎの油
30:23 「あなたは最上の香料を取れ。液体(דרור)の没薬を五百シェケル、香りの良いシナモンをその半分の二百五十シェケル、香りの良い菖蒲を二百五十シェケル、

祭司と聖所の中のすべての器具を聖別する聖なるそそぎの油、聖霊の恵みの働きの予型です。私たちがキリストに近く歩むとき、聖霊の働きを喜び、その良い香りを自ずと放つのです。(Ⅱコリント2:15)

 _†_ ⑰ レビ記25:10 _†_ 解放、自由
25:10 あなたがたは五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放(דרור)を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰る。

「解放の年」(ヨベルの年)に関連して、奴隷の解放や土地の返還といった「自由」です。

これらのことを作詞者シヴィラやドゥーリトル夫妻が意識していたか定かでは無いですが、その霊的真理のみがリフレインで繰り返しされることは驚きです。


 ■ ~♫ 二節1行目
“Let not your heart be troubled.” 「心を悩ませてはならない。」

このフレーズは主イエスご自身の言葉の引用です。最後の晩餐の席上で、イエスが地上を去る日が近いことを聞いて激しく動揺する弟子たちを励まされた言葉です。

 _†_ ⑧ ヨハネ14:1、14:27 _†_
KJV 14:1 Let not your heart be troubled: ye believe in God, believe also in me.
14:1 「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。

KJV 14:27 Peace I leave with you, my peace I give unto you: not as the world giveth, give I unto you. Let not your heart be troubled, neither let it be afraid.
14:27 わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。

そして、主イエスの励ましに応えた歌が続きます。


 ■ ~♫ 二節5行目、8行目
Though by the path He leadeth, 「彼が導いて下さる行く手なら」
And I know He watches me; 「そして私は知っている。彼は私を見ている。」

このフレーズは、

 _†_ ⑨ 詩篇23:3、詩篇32:8 _†_
23:3 主は私のたましいを生き返らせ御名のゆえに私を義の道に導かれます。
32:8 私はあなたが行く道であなたを教えあなたを諭そう。あなたに目を留め助言を与えよう。

のパラフレーズでしょう。この様に、この讃美歌は徹頭徹尾、作詩者の血となり肉となった御言葉を歌ってます。


 ■ ~♫ 三節1~4行目
誘惑に駆られるとき、
雲が立ち込めるとき、
歌がため息に取って代わられるとき、
心の中の希望が消えるとき、

聖書には、苦難故に言葉を失い「歌がため息に取って代わり」、嘆きうめきつつ誘惑と戦い困難を耐え忍び勝利した「天の星のように、また海辺の数えきれない砂のように数多くの」(ヘブル11:12)信仰者が大勢います。

嘆く信仰者の姿は、嘆きの詩篇第6篇、第22篇、第38篇、第88篇、その他にも見ることが出来ます。
・詩篇 22篇: イエス・キリストが十字架上で引用されましたし、
・詩篇 38篇: ダビデ自身の罪や病の故に、主の御前で深く苦しみ嘆く姿が描かれています。
・詩篇88篇に至っては「聖書の中のブルース」と呼ばれることもあります。
・使徒パウロは、信仰者であっても被造物全体と共に「ため息をついている」と言います

 _†_ ⑩ ローマ8:22-23 _†_
8:22 私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。
8:23 それだけでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだが贖われることを待ち望みながら、心の中でうめいています。

しかし、これらのため息は「滅びの束縛から解放され、神の子としての栄光の自由を得る」希望を目指して神に近づいていく信仰者の、いわば息遣いです。


 ■ ~♫ 三節5行目
I draw the closer to Him 「私は彼にもっと近づきます」

 _†_ ⑪ ヘブル4:15-16 _†_
4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。
4:16 ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

 _†_ ⑫ ヤコブ4:8 _†_
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪人たち、手をきよめなさい。二心の者たち、心を清めなさい。
KJV 4:8 Draw nigh to God, and he will draw nigh to you.  ...

聖書は、人間の弱さや不条理な苦しみを赤裸々に描き、共感し、最終的には神信頼や神賛美へと導きます。
信仰者が苦難に直面した時の正直な感情を神に向けて表し、神に近づきなさい、神は受け止めて下さる、これが聖書のメッセージです。
しばしば「『なぜ』ではなく『何の為に』と問いなさい」という勧めを耳にしますが、これは「原因探しを止めて新たな目的を見つけ、行動を変えよう」と言った心理学や自己啓発に関するフレーズです。聖書は自力救済的ではなく神の恵みによる救い(他力救済)を教えます。ですから聖書は、「なぜ」との呼びかけを神信頼に至る前段階として肯定して受け入れてくださいます。無理に前向き思考をせず、神の御前に謙り神に委ねなさいと勧めています。「私たちの弱さに同情できない方ではありません」(ヘブル4:5)。
主はこう約束されます。

 _†_ ⑬ イザヤ35:10 _†_
35:10 【主】に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びを戴く。楽しみと喜びがついて来て、悲しみと嘆きは逃げ去る。


 ■ むすび
この讃美歌のタイトルとなり、歌詞で9回繰り返される“His eye is on the sparrow”のフレーズ中の「His eye、彼の目」には、皆さまそれぞれ様々なイメージを持たれると思いますが、「神の眼差し」を最も端的に言い表すのはこの聖句でしょう。

 _†_ ⑭ サムエル記上16:7 _†_
16:7「...人はうわべを見るが、【主】は心を見る。」

エッサイの息子たちは、長男から順に預言者サムエルの前に連れて来られた。こんな大事な時にこの場に招かれず一人羊の世話をさせられていたダビデこそが、心の奥底まで見通す主の選びにあずかった。

新約聖書は、イエスの眼差しを具体的に記述しています。
・金持ちの若者(マルコ10:17-22)、深く愛するが故に真の価値を問いかける眼差し
・ペテロの否認(ルカ22:61-62)、「あなたの信仰がなくならないように」と祈られた(ルカ22:32)イエスの、ペテロの弱さに同情しつつ、彼を赦し悔い改めへと導く眼差し
・生まれつきの盲人(ヨハネ9:1-7)、〈神のわざがこの人に現われるため〉の愛の眼差し

如何でしょうか。
私たちはこれからもこの讃美歌を口ずさむことがあると思います。その時には

 「“His eye is on the sparrow, and I know he watches me.”」
 「 彼の目はスズメに注がれていて、私を見ているのがわかります。」

この主の眼差しと、今日皆様に届けられた御言葉を思い起されますように。

★集会動画は近日中に掲載します。

★参考用YouTube動画です。
 https://www.youtube.com/watch?v=so3MV_HF0Vs
  心くじけて -His Eye is on the Sparrow- /新聖歌285、Nao & Lisa Hayashi
 https://youtu.be/REUbX6njX0E?si=6YUEGCPvY0ALt_Vx
  Mahalia Jackson
 https://youtu.be/CsdDtIj1iqg?si=lz4_Ej2Kmh8qI5MA
  公式 レーナ・マリア 「一羽のすずめ」

添付ファイル (要パスワード)

  1. 動画へのリンク (R1).pdf

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讃美歌には人々を慰め励まし立ち上がらせる不思議な力があります。今日ご紹介する「His eyes is on the sparrow(一羽の雀)」(新聖歌285番「心くじけて」)もその様な名曲です。作詞者が親交を持っていた夫妻に「(非常な苦難にも関わらず)その輝くような希望の秘訣は何ですか」と尋ねたそうです。その答えは、「主のまなざしは一羽のすずめに注がれ、そのお方は私をも見守っていて下さることを知っているということです。」という言葉でした。ここから、この讃美歌が生まれました。